先生。私、苦労しました

最近、木下惠介作品を可能な限り観ている。その感想を書きたい。

できるだけ古い順に観ようと思いつつ、近所のツタヤにあるのは五、六本。それでもありがたいわけなのだが。そして今夜観たのが、そう、押しも押されぬ大ヒット作であった『二十四の瞳』である。

私はこの作品を十年前くらいに観ている。そして泣いたことも覚えている。よって、「今回も泣くだろうな、こんなシーンでこんなストーリーやもんな、まあそこは覚悟して観るぞ!」と鼻息荒くスタートさせたのだが。そんな覚悟は全然十分ではなかった。開始1分でホロリ。。

「なんで1分で!大石先生すらまだ出てない。子供たちが、大石先生の前任者である「おなご先生」に話しかけてるだけじゃないか。」と自分に言いたくなった。しかし、子役の力はすごい。特に素人をうまく使った表現の映画は、最強の涙製造機である。反対に、あまりにませた子役だと、その子に罪はないが、周りの大人の魂胆が透けるようで、しらけてしまうこともある。

とにかく、昭和三年の小豆島に住む、小さな子供たちが、棒読みに近いセリフを言って、笑ったり叫んだり歌ったりしているだけで、もう胸がギュッと。

いやいや、感傷的になりすぎず、学術的アプローチをもってこの作品に挑もうと思うのだが、そんなこちらの魂胆を粉々に破壊する威力である。

やっと大石先生の登場。「おはようございます!」と、颯爽と自転車で駆け抜ける。そして洋服姿。もうこれだけで村はてんやわんやである。「大変だ!洋服着たおなご先生が自転車に乗ってきたで!大丈夫かいな」てな具合に、店先のおばちゃんが近所のおばちゃんに走って告げに行く。そんな走らんでも。でもあの頃の田舎では、洋服、自転車さえも珍しく、しかも女性がそれらを持っていること自体が大事件だったんだな。

驚くだけならいいのだけれど、どうにも妬みが絡まって、ちょっとした動作や発言が、やたらネガティブテイストで一気に噂として広まるこの田舎の閉塞的な空気。この作品は、先生と生徒の麗しき愛の交流物語だというイメージが強いが、木下は決して皆を善人に描いているわけではない。冒頭のおばさんたちの井戸端会議を見てもそれは分かる。「あなたは確か庄屋の子ね」と、大石先生が点呼時にある少女に声をかけたことがすぐさま親たちにも伝わり、それがなぜが「『庄屋の子だから偉いわね』と言ったらしいわよ。庄屋さん、何か持っていってさっそくおべっかでも使ったのかしら!」といった感じの(感じ、と曖昧なのは記憶だけで書いているからである。この記事はこぞって記憶に頼っていることを注記しておく)、恐ろしく歪曲された悪口になっている。ゾゾ〜である。

ただし、そんなひどい暴言をナチュラルに吐く人々も、決して根っからの悪人でないことも画面から伝わってくる。いわゆる普通の田舎の元気なおばちゃんなのだ。貧しい農村で毎日暮らしていれば、新しい異物が入ってきたら、驚き、そして暇潰しもあいまって格好の噂の標的にするのだろう。今のように全国各地、多様な情報が行き届いているわけもなく、その社会の見方も固定観念に縛られているだろう。それがわかってもなお、大石先生が誤解や嫉妬でひどい陰口や、時には直接の罵倒を受けるのを見ると、私は腹が立った。階級格差が大きな時代には、両者の間のいさかいは避けられなかったのではあろう。その様子もうまく捉えた脚本だ。

大石先生の話に戻るが、彼女は小柄だから「小石先生」と呼ばれ、どんどん生徒たちに慕われていく。大石先生が、家で母親に話す。「あの子達の二十四の瞳を見たとき、私、決してみんなの瞳を濁らせてはいけないと思ったの」と。「うん、わかるよ高峰秀子。私もそう思う!」と勝手に私の中でも感情が盛り上がり、また涙がこぼれる。特に事件は起こってないのに。だってみんなの目がキラキラしていて、「ああ、私がとっくになくしたキラめきだ。」とクラッとするくらい。そして私の脳裏には、今後の悲しいストーリーがボンヤリと残っているので、「こんなにキラキラした罪のない瞳をもつ子供たちも、もうすぐ。。」と思うだけでホロリなのだ。

小豆島の方言、リマスターとはいえ完全ではない音声、そしてなんと言っても十二人の生徒たちが次々にしゃべるから、誰かなんと言っているのかわからないところが多い。想像はつくが、職業病というか、「このシーンは難儀だぞ。誰が何を言ってるのか。てか男の子みんな坊主やからよけい見分けがつかん!どうにかして。もっと個性を大切にしてくれ」と時代背景を無視した勝手な不満を抱きながら、それでも感動して、生徒たちの先生お見舞シーンを見た。(この不満を本当の不満にできるほど、日本語字幕ができるようになればいいなあ)。自分たちの些細ないたずらで落とし穴に先生を落とし、足を怪我させて、その罪悪感と懐かしさでお見舞いに行く有名シーンである。しかし先生の家は思ったより遠くて、エンエンと泣き出してしまう生徒たちの姿はなんとも愛おしい。そして偶然車で通りかかった先生に会えて、駆け寄りワンワン全員でなく。脚本の狙い通りの泣き所だが、悔しいがこちらも泣く以外選択肢なし。そろそろ翌日のまぶたの腫れを気にしないといけないステージである。

この作品ではとにかく登場人物の泣くシーンが多い。よく指摘されることだから、それも分かってみていたつもりだけれど、予想の倍は泣いていた。でもなぜかくどいとか、下手な演出だなとか、そんな気にさせない。作品全体のトーンが控えめだからだろうか。演技も大袈裟でなく、実際泣くとしたらこんな感じかな、という抑制がきいている。大石先生は、貧しさや時勢から苦労にぶつかる生徒たちに寄り添うとき、ついつい涙を流して「先生、あなたの幸せを祈ってる。情けないけどこれくらいのことしか言えん。だけど泣きたいときはいつでも先生のところに来ていいんよ。いつでも待っとるよ」といったセリフを言う。もちろん、具体的に「できれば奉公をやめさせてもらって進級したら?先生、親御さんに言ってあげるわよ」とか、できるだけ生徒の味方もする。だけど、それを声高に叫ぶわけでもなく、反戦運動をするわけでもない。それでも、「あなたは悪くないんよ。いつでもまた来てね」という大石先生の存在はいかに生徒らの心の支えになっただろう。

そんな大石先生のあり方に、不満を抱く観客もいるかもしれない。「もっと具体的に行動を起こせばいいのに。闘えばいいのに」と。でも、映画を見直して気づいたのだが、大石先生は意外に頑固で一本気である。彼女は戦争には反対だ。しかしそれをこのご時世で口に出せないことは、自覚しているつもりである。戦争が迫り、赤狩りが始まった頃、校長先生らはピリピリ状態。軍人志望の生徒らに「兵隊さんよりは米屋さんのほうが、先生好きだな」と、控えめに言った大石先生に大慌てで説教をする。「『見ざる言わざる聞かざるが大切だ。教師の役目は、お国に奉公する生徒を作り上げることだけだ』」と。大石先生は徹底的に反抗するわけでもないが、「そうでしょうか。。?」「何がいけないのでしょうか?」と素直な感想を述べ続ける。もっと狡猾な人間なら、うまく空気を読むところだろう。「あんたはアカやと評判ですよ!」と叱られても、納得できない顔を隠さない。時局によって上手に言動を変える人も多かった中、彼女はその天真爛漫さもあいまって、案外強い女性だったと私には感じられた。そして軍事色の強い教育しか許されない方針がどうしても受け入れられず、彼女は自分が小学校一年生で受け持った生徒が六年生で卒業するのを契機に、教師を辞める。

その後は、戦争をはさみ、どんどん教え子が亡くなる。親も旦那も、そして一人娘まで事故で亡くす。家族の死のシーンでは哀しみのトーンが静かめだったが、唯一、一人娘の亡くなるシーンではついに気絶してしまう。悲しみと疲労が頂点に達したのだろう。ここでも、短時間ですぐ次のシーンへゆくので、抑制のバランスは保たれている。なんと簡単に人々が死んでいくことか。心を麻痺させていく、あるいは人前では我慢し、隠れて号泣する、そんな方法しか取れない時代だったのではないか。

戦後、四十代になった大石先生は、また小豆島の岬の分校に通勤できることになる。そこでの点呼シーンはまた珠玉である。何人かの生徒は、かつて受け持ったあの子供たちの兄弟や子供だった。名前もだが、顔がそっくりだからすぐにわかる。貧乏ゆえ中学進学を諦め、ついにら泣きながら奉公に出された少女マッチャンの子供を見たときの感涙。もちろん私も、布団の先で目をこすりまくり(汚い)

マッチャンとと同じくらいの苦労をした少女コトエの言葉も忘れられない。「先生。私、苦労しました」。彼女も貧困で中学生になれず、家の飯炊きとなっていたが、苦労がたたって肺病になる。家族にも見放され、あばら家で一日中布団に横たわり死を待つ彼女。ここは木下お得意の愚痴シーンともとれるが、この一言は単なる愚痴と言えるだろうか。ポツリとつぶやくその言葉に、大石先生またも涙。だけど「そうね。苦労したわね。。。でも、他の同級生も、みんな苦労しているわ。あなただけがしんどいなんて思わないでね。また顔を見に来るからね。」としか言えない。このセリフは、この子には酷でないかとも思ったが、実際私が先生の立場だったら、やはり同じことくらいしか言えないかもしれない。本当に儚い。世の酷さを感じずにおれないシーンだ。また、この子は教室一の秀才だった。だから、他の級友がそれぞれの進学先で優秀な成績を収めているのを眺めているのが、さらに苦しさを倍増させているのだろう。その気持ちもとてもよく分かる。胸が締め付けられる。

書いているときりがないが、最後の先生の分校への歓迎会のシーン。先生が旅館に着くと、そこには、今はもう高くて買えないと言っていた自転車が!「先生へのお祝いにって、みんなで用意したんです」という生徒たち。またの滝の涙である。布団で拭きながら見る(汚い)

かように、涙涙の物語なのは間違いないが、私には決してただのメロドラマとは思えなかった。静かだからそこ反戦の意図がズシンと響いた。戦死したかわいい生徒たちは、では、戦地ではなにも罪なことはしていないのか?虐殺を繰り返した者はいなかったのか?そのあたりは確かに語れないので、その点でも「日本はかわいそうという過剰な美化作品」と取られる可能性もあるだろう。しかし、表面的にだけでなく、戦争という多面的な残酷さに気づこうとする人には、だからといって小豆島のかつての少年少女たちがひたすら被害者だなどとは思わないと信じたい。大石先生は、そして観客のほとんどは、反戦や反格差の思いを強くさせられるのだと信じたい。

8月15日、立派な軍国少年に育った大石先生の息子は、「母さんは日本が戦争に負けたのになんで落ち着いてるんや?悲しくないの?泣かないのか」と憤る。大石先生はいたって冷静にご飯をよそいながら、「はいはい、私もラジオを聴きましたよ。でもこれからこそ、あなたたちが自由に学べるいい時代じゃありませんか。それにいっぱい泣きもしましたよ。死んでいった人びとがかわいそうでかわいそうで」と淡々と話す。戦争は間違っていた、という直接的な言葉は慎みながらも、彼女の反戦思想は一貫している。これらの何気ない会話から、観ている者は、戦争の愚かさと恐ろしさを想像するのだ。

決して地味に思えなかったこの作品。昔の邦画、それも大ヒット作だと、「いまさら観てもな」と敬遠されがちかもしれないが、改めて今の人にも観てもらえたらと思わずにはいられない作品だった。


追記: 翌朝の鏡を見て「ギャッ」となった。のび太が眼鏡を外したときの「3」の目になっていた。