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小さな習慣

私には癖がある。 家の車庫から誰かが車に乗って去っていく時には、 道の真ん中まで出て、 その車が曲がり角を曲がって完全に見えなくなるまで中の人に手を 振り続けることだ。

この行動を始めたのは祖母が運転する車を見送りだした時から。 祖母は八十歳近くまで車を運転していた。 私の家まで約二十分かかる道のりを、 一人で運転して訪ねてきてくれていた。私が小さな頃から、「 さすがに八十になる前には免許証を返還して。事故が心配だ」 と家族から求められるまでは。

わざわざ来てくれた祖母に感謝の気持ちを伝えたかったのだろう。 そこまで振らなくていいよと周りに言われるほど、 手を振り続けるのが習慣になった。 祖母はそれをバックミラーで見て、「ピッ」 とクラクションを鳴らして返事をしてくれたものだ。

最近そういう行為を続けていたからか、その癖を思い出した。 帰省していた妹家族と両親が遊びに出かける時もそうだった。 そしてついさっき、 一時帰宅していた一番下の妹が両親に連れられて病院へ戻って行っ た時もそうした。私はペーパードライバーだから、 ちょっと駅まで送るよということすら怖くてできない。それにこの歳になると、「みんな楽しんできて、 私は一人で留守番しておくし」と言うことも多い。 よってたいていは見送る側になる。ついでに、 誰かの車に同乗者として乗る機会もあまりなくなった。

そして手が空いていたら外で見送るのだが、 どうしても車道まで出て長く手を振る癖がやめられない。「 一生の別れでもないんだから」と自分で思うのだが、 人はいつ永遠にサヨウナラとなるかもわからない。それに、 自分が運転して送っていったりもできず、 家で留守番するということに引け目を感じているのかもしれない。

わずか十五秒程度のことだが、 手を振るたびに滑稽かなあとも感じる。 灼熱だったり極寒だったりしても意地でも見届けたくなる。 中の誰かが気づいて喜んでくれれば良いが、 別にそうでなくても構わない。見送ってたよ、 という事実が自分にほしいのだろう。自分が逆の立場なら「 もういいよ、暑いし(寒いし)家に入って」と思うのだが。

何気ない日常の一コマ。 きっと私はこれからも手を振り続けるだろう。